中小企業の経営者の皆様、こんにちは。
日々、企業の成長と発展のために、熱心に情報収集や学習に取り組んでいらっしゃることと存じます。
ビジネス書をお読みになり、「なるほど、これは自社にも応用できるかもしれない」と感銘を受けられる場面も多いのではないでしょうか。
しかしながら、そのビジネス書に書かれている内容を、そのまま自社で実践しようとすることには、少々注意が必要な場合があるかもしれません。
本日は、「中小企業経営者がビジネス書を参考にして実行するのは危険??」というテーマに基づき、ビジネス書との向き合い方について、少し深く掘り下げて考えてみたいと思います。
多くのビジネス書は「大企業・スタートアップ企業」を想定している
まず、ご留意いただきたい点として、世に出版されているビジネス書の多くは、比較的大規模な企業や、これから急速な規模拡大を目指すスタートアップ企業を想定して書かれている傾向が見られます。
例えば、経営戦略に関する書籍などでよく見られるのが、
「狙うべき市場は、市場規模(マーケットサイズ)が大きく、かつ成長している市場である」
といった主旨の記述です。
これは一見すると、非常に論理的で、正しい提案に聞こえるかもしれません。
しかし、少し立ち止まって考えてみましょう。
そのような「規模が大きく、成長している」魅力的な市場は、どのような企業が目指す市場でしょうか。
多くの場合、潤沢な資金力や豊富な人材を有する大企業や、優秀な人材が集まり勢いに乗るスタートアップ企業などが、その市場での成功を目指して参入してきます。
ここに、限られた経営資源(ヒト・モノ・カネ・情報)で事業を営む私たち中小企業が、同じ土俵で、真正面から競争を挑むことになった場合、勝機を見出すのは容易ではないでしょう。
したがって、書籍に書かれているセオリーをそのまま自社の経営判断の根拠としてしまうと、意図せず自社を不利な競争環境へミスリードてしまう危険性があるのです。
中小企業に「精緻な経営戦略」は必須か?
そもそも論になりますが、中小企業の経営において、MBA(経営学修士)で学ぶような高度な市場分析や、詳細で体系的な経営戦略の策定が、常に不可欠な要素と言えるでしょうか。
もちろん、企業が進むべき方向性を示す明確な指針を持つこと自体は、非常に有益なことです。
しかし、中小企業の事業規模を考えた場合、必ずしも巨大な市場をターゲットにしなくとも、特定のニッチな市場や、一般的には成長が鈍化していると見なされている市場であっても、その中でのアプローチや工夫次第で、十分に事業を成長させられる可能性はあります。
また、どれほど精緻で素晴らしい戦略を策定したとしても、それを実際に現場で推進し、具体的な成果へと繋げていく「実行力」が伴わなければ、残念ながら計画倒れに終わってしまうリスクもあります。
中小企業にとっては、壮大な戦略を「構築すること」以上に、目の前にある経営課題を着実に解決していくことや、定めた方針を「いかにして組織全体で実現していくか」という実行プロセスの方が、より重要な意味を持つ場合が多いとも言えるでしょう。戦略を実行する体制や人材が整っていなければ、戦略そのものが活かされないからです。
大手コンサルタントが中小企業相手では役に立たない理由
少し話は変わりますが、皆様も一度は耳にしたことがあるような、著名な大手戦略コンサルティングファームが存在します。
そうした企業に所属する非常に優秀なコンサルタントが、中小企業の経営支援に入った場合、全く役に立たない、という声も聞かれます。
その背景として考えられるのは、大手コンサルが提案する戦略というのは「クライアント企業内の優秀な人材が複数名、そのプロジェクトに専念できる」という前提の上に成り立っているものだからです。
社長ご自身がプレイングマネージャーとして現場の第一線で活躍し、従業員の方々も限られた人数の中で多様な業務を兼務しながら日々の業務を遂行している…そのような中小企業の組織体制やリソース状況のなかで「御社に最適な戦略はこうです」と言われても、誰がそれを実行するのか?という話になってしまいます。中小企業向けのコンサルティングの場合、アイデアや戦略自体には全く価値が無くて、誰が何をどうやって進める、まず何から始めるといったように、いかに具体的に実行できるように伴走できるかが重要なのです。
重要なのは「自社に合うかを見極める視点」
ここまでお読みいただき、「では、ビジネス書を読むことは推奨されないのだろうか?」とお感じになった方もいらっしゃるかもしれません。
いえ、決してそのような意図ではございません。
経営者として、常に新しい知識や考え方を学び続ける姿勢は、企業の持続的な成長のために不可欠な要素です。
ここでお伝えしたいのは、
「全てのビジネス書の内容が中小企業に不向きというわけではないものの、書かれている情報を鵜呑みにするのではなく、一度立ち止まって、客観的に吟味する必要がある」
ということです。
「この書籍で述べられているこの考え方は、企業の規模に関わらず普遍的に参考にできるな」
「一方で、この戦略論は、現在の自社の経営資源や組織体制を考えると、そのまま適用するのは現実的ではないかもしれないな」
このように、自社の置かれた状況や経営の実情に照らし合わせて、情報を取捨選択し、応用可能性を判断する『見極める視点』を養うことが、極めて重要だと考えます。
最終的には「実行」が伴ってこそ価値がある
そして、どのような知識や理論を学んだとしても、最終的に最も重要となるのは、それを具体的な「実行」へと移していくプロセスです。
ビジネス書から得た気づきやアイデアを、自社で試してみようとすることは、大変素晴らしい取り組みです。
しかし、その際には、「どのようにして、それを現実の業務に落とし込み、実行していくか」という点を、慎重に検討する必要があります。
- 従業員の皆様の現在の意欲(マインドセット)は、新しい取り組みに対してどのような状態でしょうか?
- 新しい手法や考え方を理解し、実践できるだけの能力やスキルは、組織内に十分に備わっているでしょうか?
- 日々の業務負荷の中で、新しい活動に取り組むための時間的・人的な余力(キャパシティ)は、現実的に確保できるでしょうか?
これら自社の「リアル」な状況を十分に考慮することが不可欠です。
そして、何よりも、社長ご自身が強いリーダーシップを発揮し、「皆で共に取り組み、成功させよう」という明確な意志を示し、現場と一体となって、その実行プロセスを粘り強く推進していくことが、導入の成否を分ける鍵となると言えるでしょう。
「本に書いてあったから」という指示だけでは…
最も避けるべきなのは、社長が書籍で学んだ内容を、現場の状況や実行可能性を十分に検討することなく、
「この本にこう書かれていたのだから、この通りに実行しなさい」
とトップダウンで一方的に指示してしまうことです。
このような進め方では、多くの場合、現場の従業員が主体的に、意欲を持って取り組むことは難しくなります。
仮に形式的に開始されたとしても、現場では混乱や戸惑いが生じ、「また上からの指示か…」といったネガティブな雰囲気を醸成してしまう可能性があります。
結果として、従業員のモチベーションの低下を招き、最悪の場合、貴重な人材の流出といった、企業にとって望ましくない結果につながるリスクも否定できません。これでは、せっかく時間と労力をかけて学んだ知識も、全く活かされないことになってしまいます。
学び続ける経営者の皆様へ
今回は、「中小企業経営者がビジネス書を参考にする際の落とし穴」という視点から、ビジネス書との適切な向き合い方について考察してまいりました。
特に、学習意欲が高く、常に新しい情報を取り入れて自社をより良くしようと努めていらっしゃる真摯な経営者の方ほど、書籍の内容をそのまま自社に適用しようとして、意図せず壁にぶつかってしまうというケースが見られるかもしれません。
ぜひ、今後も書籍などを通じて学び続けることは大切にしていただきながらも、常に「自社の具体的な状況においては、この情報をどのように捉え、どう活かすべきか?」という問いを持ち、得た情報を冷静に吟味し、地に足の着いた経営判断と、着実な実行を心がけていただければ幸いです。
一歩一歩、着実に前進していくことが、中小企業の持続的な成長に繋がると信じております。